平穏の片隅

哀しみをかかえて生きていく。

最高な女

私は私を認めてあげたい。

最近、そんな気持ちがいっとう強くなっている。

 

私は小説を書く。そのためにプロットを立てる。ここ最近書いている物語たちに、ある共通点を見つけた。どの作品も「自分を認める」ということがテーマになっているのだ。意図的にそういう展開にしたわけではない。設定が違っても、自分が憧れていたものは幻想で、自分は自分と向かい合うしかないのだ、ということを強く実感して物語は幕を閉じる。主人公が今までの努力が報われて成功することも、何かしらの成長を遂げることもない。平凡な自分を認めてあげたい、ということを願っているだけだ。

この共通点に気がついて以来、これが私の根底で感じていることなのかもしれないと思うようになった。

 

自分が平凡だと認めることは自分のこれまで積み重ねてきた努力を否定するように感じていた。でも違うのだ。他人と比べるから、平凡、平凡じゃない、才能がある、才能がない、といった言葉に振り回されるのだ。私は私だけの感情を信じたい。好きか、嫌いか、学び続けたいか。以前の私と比べてどう変化したか。

 

私たちは競争社会に放り込まれている。だから、日頃から比べられているから、自分はあの人よりこう、と比べてしまいがちになる。そんな時に自分を認めてあげていたら、そんな他人と比べられた評価なんて気にしなくていい。

自分を自分で追い込まなくていい。私は私を認めてあげたい。

 

比べられることは減らないかもしれないけれど、これは私のための人生だから私が良ければそれでいいの、と言える強さを手に入れた最高な女になりたい。

呪いがとけた日

 

言葉は魔法だ。だから人を呪うことも救うこともできる。

 

私は今年から教員として働いている。

今の職場に勤める前、教員を目指す同期同士で模擬授業を重ねていた。その何回かの模擬授業のひとつで、うまくいかない授業をしてしまったことがある。そのとき授業をしながら、ああ、しっかり事前準備をしたのにこの授業は失敗しちゃったな何がいけなかったんだろうと思っていた。そして授業が終わり、同期たちが口を開いた。追い打ちだった。

 

ーーレベルの低い授業、すっごく残念正直がっかり、面白くない興味が引かれないーー

 

一年以上前に投げつけられた言葉だけどはっきり思い出せる。言葉だけでなく、そのとき教壇からよく見えた、彼らの表情を克明に。

うまくいかず震えたとき手の感覚、エアコンの効きが悪く底冷えした空気。そのときに泣き出さなかったことを、本当に私は私を褒めてあげたい。

もちろん、うまく授業ができなかった私が悪い、わかっている。ただ、彼らが私のために、私のことを思って発した言葉は、私に呪いをかけた。

 

教員として働きはじめてからも時たま授業がうまくいかないときがある。授業準備はしっかりしているのだが、生徒の反応が予想と大幅に違って時間配分がうまくいかなかったり生徒のレベルに合わせきれず難しすぎる内容を取り上げてしまったり……。

そんなとき、私は彼らの呪いの言葉を思い出す。どうしたら生徒が楽しく力をつけてくれるか一生懸命考えて授業をしているけど結局私の授業は残念なんだとやりきれない気持ちが胸を刺す。氷の棘のように冷たく、鋭く。居ても立っても居られなくなって休み時間に更衣室に行ってひっそり涙を流したこともある。

呪いの言葉は強力だ。弱っているときに思い出して何度も何度も頭の中でその言葉を反芻してしまう。

 

だが、そんな呪いを解いてくれた言葉たちもある。授業で、今年一年の振り返りをしたときだ。

ーー今までとは違った国語の面白さを感じることができた、2番目にお気に入りの本に出会えた、難しい言葉のせいでちょっと難しかったけど、評論の内容をおもしろいと思えたーーといった感想を書いてくれた生徒たちがいた。

この言葉たちを目にして、私は鼻の奥がツンと染みた。この言葉たちの写真まで撮った。

呪いは強力で、完全に魔法がとけたかはわからない。私を呪った言葉を思い出すと今でも苦しい。だけど、呪いに負けてはいられないのだ。私を救ってくれた言葉がある。この言葉たちを見て、私は一生懸命してきたことは無駄じゃなかったと思った。一筋の希望が灯った気がした。

 

私はまた来年も教員として働く。

 

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秘密基地

 

小学生の頃、秘密基地作りが流行った。

校庭にある大きなガジュマルの木の上、グラウンドの後ろ、近所の公園の滑り台の下。お昼休みや放課後に誰かに先に使用されないように走っていった。今思えば、みんなと共有の基地だったので秘密基地と言えないのかもしれない。だけど当時は秘密基地に行くとわくわくした。

 

基地ですることといえば友だちとおしゃべりをしたり、本を持っていって読んだり。大したことはしていないのだが、秘密基地でこっそり、私だけの、私しか知らない空間で幸せな時間を独り占めしながら過ごすことが私の心をときめかせた。

 

あの頃は目の前のわくわくに夢中だった。今考えればしょうもない、つまらないとも取れるようなことに夢中だった。それは他人の目を気にしていなかったからだと思う。純粋に、一途に、好きなものに向き合い続けていたからだと思う。

小学校を卒業したあと私は公立の中学校に進んだ。するとあんなに仲良かったクラスメイトたちが「部活」に所属した途端カーストに振り分けられた。私は美術部で、カーストの下の方に放り込まれた。そこからだと思う。人の目を気にして好きなものに面と向かって好きと言うのをためらい出したのは。

 

私はあの頃のように好きなものに夢中になって好きだと叫ぶ強さがほしい。

 

 

抱えている虚無感のはなし

 

今年は虚無感を抱えながら過ごした日が多かったように思う。別に死にたいとは思わないけど生きている意味はわからない、別に生きなくていいと感じることが多かった。

でももしかしたらこれははやく自分のことを認めてあげたいの間違いだったのかなと思う。

 

私は自分の顔がかわいくないのを知っている。スタイルがよくないのも賢くないのも天性の才能がないのも。

でも、私はかわいくなりたかったし賢くもなりたかった。届かなかった。だけど、諦めきれなかった。心のどこかで全力を出しきれば今よりもう少しマシになれたのかもしれないという気持ちもあったのだと思う。

私は23歳だけどこのくらいの年齢になると確実に選択しなかった人生がある。あのとき、別の選択をしていたらもう少しマシになれたの?と考えてしまうと今のこの時間が怠惰の延長でしかないように感じられて虚無感を抱いていたのだと思う。

 

私は私のことを認めてあげたい。一生懸命に生きてるよって、今のままでも充分かわいいし賢いよって。

実際、一生懸命感じて、考えて生きてきたんだ。

 

最近は自分のことを認めてあげられるように何度も繰り返し口に出して自分を褒めてあげるようにしている。

今日も一日がんばったよ。

 

 

 

しんどいひとへ。

 

電話の相手は高校生の頃からの友人である。

近況報告や高校の頃の話などをした。

彼女と高校の頃の話をするとき、必ずと言っていいほど「あの頃は苦しかったね」「わかる」となる。

高校生の頃はひたすら苦しかった。進学校に進学したことで、私は優等生から転落した。そしてそのまま競争社会からも脱落した。

あの頃は、理系の、国公立大学、ないしは有名私立大学にストレートで合格できなければ、死ぬものだと思っていた。死ななかった。まだしぶとく生きている。

 

 

大学で関西に進学して、「しんどい」という言葉を覚えた。「しんどい」という言葉こそ知っていたものの、自分の言葉として使うようになったのは明らかに関西に住み始めてからである。そして、「しんどい」にはいくつかの段階があることも知った。

 

私の場合、まず過食に走る。美味しいものを美味しく食べるならまだしも、ものを詰め込むように食べる。お腹いっぱいで苦しくても、詰め込み続ける。

そして、部屋が片付けられなくなる。自律神経はこの辺でやられる。動悸が止まらなかったり、些細なことで泣き出したりする。

最後、最後というか私はここまでしか体験したことはないのだが、ベットから起き上がれなくなる。ひもすがら、自己嫌悪に陥る。ご飯も食べられない、洗い物も片付けもできない。はたから見ると、怠けているように見えるかもしれないが、怠けているのではない。できることならカーテンを開けて朝日を浴びたいし、スーパーに並ぶ食材や空気の微かな機微で季節を感じたいし、洗い物も片付けもしたい。できないのだ。そんな自分にも嫌気がさして、やらねば、きちんとせねば、と思うのだが体がついてこない。

 

今でもその余韻は私の隅っこに残っていて、時たま苦しくて苦しくて仕方がない時もある。

でも、食べることでどうにか今日まで生きられた。老人ホームでアルバイトをしていたとき、食べるのをやめたひとから順に弱っていくのを目の当たりにした。

 

どうか。どうか、しんどいひと。

食べるのだけはやめないで。美味しいごはんと温かいお布団で辛い夜を乗り越えて。

きっと寒い冬の満天の星空のような、ささやかだけど素敵な日もまた訪れるから。

 

 

 

 

正しく生きない

 
とある人(最初、偉い人と書こうと思ったが何を持って偉いとするけどのか、権威があれば偉いのか、偉いの定義がわからなくなったのでとある人とした)が新しい道を歩もうとする私たちにこんな言葉を贈った。

 「多様な生き方が認められるようになったけれどもそのせいで生き方の模範となるべき像がなくなっているように思われる。君たちは正しく生きてほしい。正しい生き方の模範となってほしい」 

正直、愕然とした。どう生きれば「正しい」のか全く明確でない。正しさというものは各々所属する社会によって、個人によって変わるものなのに正しく生きよとはあまりにも解釈に幅のある言い方である。
 それにひとは「正しさ」を武器にするとひとを傷つけることが容易になる。
あまり歴史に明るくはないのだが宗教観や文化の違う者たちを正しい方に導こうとして起きた征服や侵略も多くあったようにおもう。

私も実際、正しさによって傷つけられたことがある。私を傷つけてきた子は、これは正義なのだから悪である私が傷つくのは仕方ないのだと言った。 

そんな曖昧な「正しさ」を、とある人は私たちに求めた。 文脈から判断するとまあ、世の中多くの人から尊敬されるような生き方を正しい生き方と呼んだのだろう。
 ただ、私は正しく生きるのはまっぴらごめんだ。こんなにいとも簡単に変わる定義の上で生きたくない。それに、これは私の人生だ。 誰のためでもない、私の人生。何度も言い聞かせないとそのことをうっかり忘れて人の目が気になってしまう。
私は私のために、私の人生を生きる。

にんじんしりしり

にんじんしりしりは沖縄の郷土料理だ。郷土料理といっても家庭でよく作られるものだから、お雑煮のように各家庭によってバリエーションが豊富である。

 

私は一人暮らしをするようになって、母から作り方を教わった。にんじんしりしりは簡単かつ水分が出ないのでお弁当にもってこいの一品だ。

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【材料】

・にんじん1本

・卵1つ

・ツナ(魚肉ソーセージでも代用可)1缶

・塩胡椒適量

 

 

【作り方】

1.まず、にんじんを細切りにする。

 すりおろしてもいい。すりおろすと、ふわふわに出来上がる。にんじんの甘みもより感じられる。

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2.薄く油をしき、にんじんが少し透き通るまで炒める。そこに油を切ったツナ、ないしは魚肉ソーセージを加えて炒める。同時に塩胡椒で味付けする。(味付けも各家庭によって異なるが素材の味を楽しむ母はシンプルな味付けを好む)

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3.溶き卵を回しいれ、卵に火が通ったら完成。

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沖縄の郷土料理は、食材が沖縄以外では中々手に入らないものも多い中、これは簡単かつ手軽に作ることができる。母とは離れて暮らしているが、母から教わった料理をする私の手、母の味を覚えている私の舌の中にも母はいるのだとおもう。

 

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