平穏の片隅

哀しみをかかえて生きていく。

正しく生きない

 
とある人(最初、偉い人と書こうと思ったが何を持って偉いとするけどのか、権威があれば偉いのか、偉いの定義がわからなくなったのでとある人とした)が新しい道を歩もうとする私たちにこんな言葉を贈った。

 「多様な生き方が認められるようになったけれどもそのせいで生き方の模範となるべき像がなくなっているように思われる。君たちは正しく生きてほしい。正しい生き方の模範となってほしい」 

正直、愕然とした。どう生きれば「正しい」のか全く明確でない。正しさというものは各々所属する社会によって、個人によって変わるものなのに正しく生きよとはあまりにも解釈に幅のある言い方である。
 それにひとは「正しさ」を武器にするとひとを傷つけることが容易になる。
あまり歴史に明るくはないのだが宗教観や文化の違う者たちを正しい方に導こうとして起きた征服や侵略も多くあったようにおもう。

私も実際、正しさによって傷つけられたことがある。私を傷つけてきた子は、これは正義なのだから悪である私が傷つくのは仕方ないのだと言った。 

そんな曖昧な「正しさ」を、とある人は私たちに求めた。 文脈から判断するとまあ、世の中多くの人から尊敬されるような生き方を正しい生き方と呼んだのだろう。
 ただ、私は正しく生きるのはまっぴらごめんだ。こんなにいとも簡単に変わる定義の上で生きたくない。それに、これは私の人生だ。 誰のためでもない、私の人生。何度も言い聞かせないとそのことをうっかり忘れて人の目が気になってしまう。
私は私のために、私の人生を生きる。

にんじんしりしり

にんじんしりしりは沖縄の郷土料理だ。郷土料理といっても家庭でよく作られるものだから、お雑煮のように各家庭によってバリエーションが豊富である。

 

私は一人暮らしをするようになって、母から作り方を教わった。にんじんしりしりは簡単かつ水分が出ないのでお弁当にもってこいの一品だ。

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【材料】

・にんじん1本

・卵1つ

・ツナ(魚肉ソーセージでも代用可)1缶

・塩胡椒適量

 

 

【作り方】

1.まず、にんじんを細切りにする。

 すりおろしてもいい。すりおろすと、ふわふわに出来上がる。にんじんの甘みもより感じられる。

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2.薄く油をしき、にんじんが少し透き通るまで炒める。そこに油を切ったツナ、ないしは魚肉ソーセージを加えて炒める。同時に塩胡椒で味付けする。(味付けも各家庭によって異なるが素材の味を楽しむ母はシンプルな味付けを好む)

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3.溶き卵を回しいれ、卵に火が通ったら完成。

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沖縄の郷土料理は、食材が沖縄以外では中々手に入らないものも多い中、これは簡単かつ手軽に作ることができる。母とは離れて暮らしているが、母から教わった料理をする私の手、母の味を覚えている私の舌の中にも母はいるのだとおもう。

 

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無力な愛

 

夢を見た。

実家で飼っている犬の耳が遠くなり、

どんなに呼びかけても私の声が届かないという夢。

 

朝起きたら涙で顔はぐちゃぐちゃで、「これは夢だ」と何度も自分に言い聞かせた。

私がそのような夢を見たのはきっと、数日前の出来事が起因しているにちがいなかった。

 

 

妹の受験の関係で犬をペットホテルに預けることになった。しかし最初に予約しようとしたホテルは、「10歳以上の老犬はいつ何があるかわからない」というのを理由に断られてしまった。結局別のホテルに預けたのだが、それ以来、いつのまに私の年齢をとっくに追い越した彼の死が、突然怖くなった。

 

きっと、彼の命は長くない。私より早く亡くなってしまうことは覚悟していたはずだったのに、それはどこか遠い未来のように感じていた。遠いはずの未来がすぐそこまで近づいてきていることに私は気づかなかった。

彼が死に向かっていくのを私は見守ることしかできない。散歩を嫌がるようになっても、ごはんを食べなくなってきても、立つことができなくなっても、ただ、愛することしかできない。

どれだけ愛しても、ひたすら無力なのだ。

 

その日は、彼がいなくなってしまう未来がそう遠くないという怖さでいっぱい泣いた。ただ、泣いたところで運命はそう簡単には変わらない。無力だった。

 

私は随分と弱くなった。大切なものが増えすぎた。

せめて、大切なものを大事に大事に抱きしめたい。

カレーを更においしくするひと手間

 

カレーはおいしい。だけどひと手間かけると更においしくなる。

 

私の恋人は無類のカレー好きだ。

こだわりが強いのではなく、カレー味であれば何でもおいしそうに食べる。私はその無類のカレー好きにどうやったらもっとおいしく食べてもらえるか毎回少しずつ作り方を変えている。

すると、前回作ったカレーがおいしく作れて、恋人に「また作って!」と言ってもらえたので、簡単にそのひと手間を記載しておく。

 

そのひと手間のポイントは大きく分けて3つある。

 

    1.豚バラか豚ヒレのブロックを柔らかくして使う

    2.ルーは火を止めてから

    3.ルーは2種類使う

 

このコツは有名なものだが、改めて紹介していこうとおもう。

 

 

1.豚バラか豚ヒレのブロックを柔らかくして使う

まず、使うお野菜とお肉。

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今回は豚バラブロック。でも豚ヒレブロックでもおいしくできた。

 

まず、この豚バラをフォークで穴をいっぱいあける。

両面いっぱいフォークでぷすぷすと穴をあけました。

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次に、このブロックを一口大に切り、マヨネーズに漬ける。

マヨネーズのお酢がお肉を柔らかくしてくれるのだとか。

マヨネーズの他にも摩り下ろした玉ねぎとかヨーグルトとかお肉を柔らかくする食材は色々あるが、私は手軽なマヨネーズに漬け込んだ。

 

 

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こんな感じ。

これを20分以上放置。その間に野菜を一口大に切って煮込む。

20分以上漬けたら、フライパンに油を敷かず、お肉を表面だけ焼く。

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特にバラ肉は油が多いので、表面に焼き色をつけたら一度キッチンペーパーの上に取り出し、余分な油を取り除く。そうして野菜を煮込んでいる鍋に入れ、じっくりコトコト煮込む。

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野菜を煮込んでいるとき、お肉を足して煮込んでいるとき、灰汁が出てきたらその都度丁寧に除く。

じっくりコトコト煮込みますと言いましたが私は中火で10分〜20分くらい。野菜はお肉を漬け込んでいる間に煮込んでいるのでこのくらいで十分火が通っていると思う。

 

 

そしてここで2つ目のポイント。

 2.ルーは火を止めてから

スパイスとかカレー粉とかで味付けをされている方はいいが、ルーは火を止めてから入れる。均一にルーを混ぜるために、一度火を止めて、おたまでルーを馴染ませていく。

 

 

最後のポイント。

3.ルーは2種類使う

私は普段作るカレーは市販のルーを使っている。その市販のルーだが、2種類使うと味に深みが出る。

 

こうして普段よりひと手間かかったカレーの完成する。

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まず、マヨネーズの効果が抜群。お肉が柔らかくておいしい。お肉を漬け込んでいる間に野菜もしっかり煮込んでいるので、ほくほくしている。 

いつもの私の作るカレーよりおいしくて食べ応えがあってぱくぱく食べられる。恋人も「やっぱりこのカレーおいしい!」とおかわりまで頂いた。嬉しい。

 

 

まあひと手間かけなくてもカレーは 美味しいんだけど。

 

 

可愛くないと気付かされた日


可愛くなりたい。多くの女性が感じたことのあるであろう感情をギリギリと噛み締めた。



昨日、来年住む地域を散策していたら近くの大学で学祭が行われていて軽い気持ちで足を運んだ。大学はおしゃれで道行く女子大生はみんな垢抜けて綺麗で細くて、彼女たちとすれ違うたびになぜか私はだんだんと苦しくなっていった。

今まで別段太っているともブスだとも思ったことはなかった。

しかし大学祭をほんの数分覗いただけで自分が垢抜けないデブでブスだと認識してしまった。


体型が恥ずかしい、という体験は滅多になく、その分受ける衝撃は強い。その衝撃で強い絶望感と羞恥と惨めさとが入り混じってつま先からジンジンと積もっていくような感覚から抜け出せなくなる。今もだ。


いつか可愛い女性になれる日は来るのだろうか。

夜空に星が瞬いた。

京都駅で購入した駅弁のはなし

先日、恋人の実家に行ってきた。恋人の実家は福島にあり、関西からは新幹線を乗り継いで半日ほどかかる。ちょっとした旅行だ。

 

当日、恋人は駅でにんまりしてこう言った。

「あれ?もうお昼だ!駅弁を買うしかないな〜」

こら!わざとらしいぞ!

恋人は大の駅弁好きで帰省や旅行で駅弁を食べる機会を楽しみにしている。大好きすぎて意図的にごはん時間を狙って新幹線の予約をとることもある。今回も、何日も前から食べるお弁当を決めていたらしく、にこにこしながら駅弁を手に取った。

優柔不断な私もうんうん悩みながら駅弁を買い、新幹線に乗り込んだ。

 

荷物を片付けて席に着き、恋人と顔を見合わせふたたびにんまり。

「「いただきます!」」

 

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《私の食べただし巻き弁当》

 

 

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《恋人の食べた焼肉弁当》

 

フタを開けると食欲を刺激するいい香り。お出汁の効いたふわふわで優しい味わいの玉子焼きと甘辛い鶏。アクセントに山椒が効いていて、「おいしい〜!」という感想が何度も口をついででた。

恋人とお弁当を交換してみたのだけど、これもまたおいしい。スパイスでピリ辛く味付けされたお肉にごはんがすすむ。

食べてる途中に何度か顔を見合わせ、目元を綻ばせ「おいしいねえ」と言い合った。

 

私にとって駅弁も旅の楽しみのひとつだ。

 

 

賞味期限の切れた思慕

友人が鬱病になった。友人と言っても多分その関係は破綻していて、確認したわけではないけれど、おそらくきっと彼女は私のことをもう友人だとは思っていない。ただ私は彼女のシニカルな冗談やアイロニーが好きだった。

彼女は賢くて鋭い感性を持っていて繊細だった。だから私は気がつかないうちに彼女の怒りを買ったのだとおもう。好きな人が離れていく寂しさは強烈で、諦めなければならない友情なのに未だに私は彼女を諦めきれない。

 

彼女は高校生のときから創作活動をしている。それは小説であったり、詩であったり、絵であったりするのだけど、今も変わらず続けていて、サイトに作品を掲載している。その作品が私は大好きで、友人という関係が破綻している今でも時々作品を見に行ってしまう。

同い年だとは思えない、繊細な言葉の使い方であったり、情景の切り取り方であったり、思わず嘆じてしまうような作品ばかり並んでいる。

 

鋭い感性は他の人が見えない面まで見えてしまう。それは私からすれば喉から手が出そうなほど羨ましい才能なのだがそれが彼女を苦しめているのだともおもう。

彼女には幸せになってほしいと思うのだが友人関係の破綻した私にそれを願う権利はない。私はいい加減彼女に対する思慕を諦めなければならない。
 

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